【宿曜占星術】安壊の恋愛の相性(恋人や結婚)の考察。


宿曜占星術

宿曜占星術は関係性に特化した占いだと思います。

そのなかでも安壊は、なかなか複雑な結果だと思っている方々は多いかな、と。片方が壊しにかかり、片方は壊れるといったなかなか激しい関係のように思います。

しかし、安壊もなかなか状況によっては良き関係性を築ける場合もあります。そういったポジティブな内容を公開できたらいいなと記事を書きますね。

再び書きますが、宿曜占星術自体を使うとき、私は関係性を見る時だけに使っています。(つまり、良い悪いという認識は低いと言うことですね。)

ちなみに、安壊ではないのに、栄親・中距離というなかなか良き相性と言われている姉夫婦でありましたが、先日、どうしようもないケンカが勃発し、修復することもできずに離婚することとなりました。何が言いたいかと言いますと、宿曜占星術はやっぱり感情的な部分で酌量するよりも関係性のみを着眼したほうが良いと言うことです。w

しかし、栄親・中距離らしく、離婚後、数か月ほどで関係性が落ち着き、お互いの家を行き来しています。つまり、安壊だから別れる結末とか、親栄だから末永く仲良しというわけではないということがわかりますね。

別れる・離婚するといった問題は、恋人や夫婦などの解決能力による結果であり、そちらは四柱推命などのほうが特化してわかりやすいのではないでしょうか?

※これは考察記事です。

安壊の関係性を深読みをしてみる

安壊の恋愛による関係性は・・・・・・

自身を【命】としたとき、【安】を持つ人は安心をくれる人。(以後、壊と呼ぶ)

自身を【命】としたとき、【壊】を持つ人は破壊をくれる人。(以後、安と呼ぶ)

このふたつは、上下関係が成り立っています。

壊は尽くし、安は尽くされる。この一方通行な上下関係のもとにふたりは成り立っています。

壊に尽くし満足して、安に尽くされて満足をするともいえます。

安壊の現実主義と精神主義

安壊の関係性は精神的な部分に着眼しやすく、また現実的な部分からは目が背かれやすい。ですから、不倫や浮気などに多いのでしょうね。非現実的な行動をとってしまいやすいのでしょう。

つまり、精神重視な関係性であれば、なかなか円滑に回るふたりなのでは・・・・・・? と考えられます。

ただこのふたりの関係性を肯定するには、二人ともがリアリストである必要性があるようにも感じられます。また、壊が現実主義者ですと良いですね。

理由は、精神重視に傾くにしたって、そもそも精神的な『愛』だとか『恋』だとかに着眼している人たちがこの関係性を引っかけてしまえば、それこそ世間を捨ててしまいます。少なからずとも、現実性を放棄せずに生きている人たちにとっては救いのような関係性になれると思いますが、精神的な部分ばかり着眼している人たちにとっては世捨て人になりますね。

ですから、不倫や浮気などの言葉が安壊の関係にはついてまわるのでしょう。

 

リアリストは精神重視にして生きてはいません。しかし、心は必ず存在するものです。その心は現実に必要なものではありません。感情や愛が誰を救ってくれるのでしょうか? お金のほうが必要だよね? とリアリストは感じています。

そして、同時に『自分の感情は誰にとっても必要なものではない』という認識を持っている人もいます。現実を重視して心を捨ててしまった人は殻のなかに寂しさを抱えながら生きています。

その寂しさを安壊の関係性はあぶりだしていきます。安定と破壊の関係性が、孤独な心の殻を破っていくのです。

安心している側(壊)は、一緒にいる安心感から自分の殻からでてきます。

破壊される側(安)は、自分の殻からでてきた相手に殻を壊されて、否が応でも出てきます。

今現代、多くの方々が恋愛をし続けていると思います。

『愛』を知っている人たち、『安心』を持っている人たちにとって、情緒というものは剥き出しになっているように感じられます。感情をだしても誰かが受け止めてくれると知っているからです。

そういう方々にとっては栄親の平和的な関係性のほうがしっくりくるのではないでしょうか。

しかし、安壊を好む人たちは、自身の心に殻を持っている、なにかひとつ破らなくては心を外に出すことが出来ない人たちにとっては刺激が必要です。そして、安心が必要です。

心を守るのは、現実に生きているからです。現実に生きているからこそ、心は守らなくてはならない。守られた心が殻に強く守られすぎてしまい、もはやひとりでは外に心をだすことができなくなってしまったならば、この安壊の関係性が一番の心の安らぎになるのだと思います。

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安壊と男と女、夫と妻

安壊による恋愛や結婚、男女について

宿曜占星術は関係性が出ると冒頭にて書いています。安壊の持つ関係性は『上下関係』です。

女性は家庭に収まることが嫌になり、現代では外で働く機会も増えてきているようですが。もともと、女性は働かないことが徳のようにも感じられます。

男性は家庭にお金を入れる、女性はお金をもらう。この関係性は安壊の関係性になっていると思いませんか?

男性は、お金を女性にとられる人(安)であり、女性は男性から家計費を預かる人(壊)。また、女性は男性に対し、家計費を稼いでもらったことに感謝をしましょうと言うことです。(カカァ天下? バブル時代の夫婦像でしょうか。)

 

男女の関係性的にも、男は追いかけ、女は追わせる生き物なのだとしたなら、やはり安壊の関係性が感じられます。

男性は女性を守る生物だとしたならば、やはり、男性は女性に尽くしています。反対的に、女性は男性に対して心を返す精神的な生き物だとしたならば、やはり尽くされる存在なのだなあと思いますね。

 

現代で栄親の関係性ばかりが喜ばれるのは、男女の『対等』という言葉が強く表面化したからでしょうか。

安壊は『現実と精神を孕んだ対等』を導き出しているように思います。ですから、とても複雑で、また密になりやすく、強く結ばれる夫婦像が浮かびます。

 

また、逆もありますね。

男性が一方的に尽くされる人(壊)で、女性が尽くす人(安)も、なかなか古き良き対等の姿にも見えます。

一家の大黒柱の雰囲気が強いですね・・・・・・。その男性を女性が支える形です。その陰で支えてくれる妻に対し、夫は感謝があるでしょうか?

「おれのいうことをきけぇ~」っていうタイプですと三下り半になりそうですが、「いつも感謝している」と述べてくれるタイプでしたら、喜んで従いたくなる・・・・・・そんな夫婦像が見えてきます。

 

どちらが安でどちらが壊であれど、尽くし尽くされる関係性のなかで、やはり現実のみならず精神を含んだ対等を導き出そうとしています

その精神的な部分を含んだ関係性は、深い心の根でつながることができる。『感謝』の形の意味を知っていると言う関係性は素敵なものです。

安壊の持つ安心感

安壊の関係のなかで『安心』を尽くす人(安)が得られないわけではないです。

尽くす人(安)は、尽くされる人(壊)が安心感を得てくれることで満足を得られます。そして、安定してくれていることに安堵感を覚えています。

ですから、尽くされる人(壊)が精神的にやられてしまうと、ふたりの関係性が壊れていきやすいかもしれません。しかし、尽くす人(安)がその状況を認識することができたら、案外、乗り越えていけます。

尽くされる人(壊)は安心感があるからこそ、尽くす人(安)に対して心配りをします。

目上の人がふんぞり返っている場合と目上の人が目下の人をあげて感謝する場合のふたつのケースがあります。

尽くされる人(壊)が上下関係をどのように構築する人なのか、によって恋愛や結婚は左右されるでしょうね。

尽くす人(安)がショックを受ける・・・・・・?

もし、尽くす人(安)がショックを受ける時とはどんなときでしょうか?

・・・・・・報われないときです。

なにかを差しだしたのに、それを受け取ってもらえなかったとき、尽くす人(安)はショックを受けます。

状況的には、上司に頑張って作った書類をビリビリに破かれてなかったことにされたときって感じでしょうか。

それが続いていくと「どうして受け取ってもらえないんだ!?」と執着へと心の形が変わっていきます。

尽くされる人(壊)の持つ『拒絶』に尽くす人(安)は多大なるショックを受けます。

・・・・・、それは自分の心、いや、自分個人すべてを大否定されたような、存在自体を否定されたような気分になってしまいます。これは精神的につながっている安壊の関係だからこそのショックの大きさでしょう。

このふたりの関係が『悲しみの深い関係』と思われるような『傷つきやすい関係』といわれる所以はここにあります。

尽くされる人(壊)は、人の優しさや人の気遣い、人の愛を受け取れる地盤がようやく出来て、尽くす人(安)の大きな愛を受け入れることが出来るのです。

安壊の関係の人は、関係性をコントロールする尽くされる人(壊)の心の形によって随分と違います。(上司がゴミクズなのに、部下が上手に働けるわけもない。)

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精神をないがしろにしているときに出会う安壊

自分の心をないがしろにしているとき。

人の心をないがしろにしてしまっているとき。

自分の心を大事に出来ていない人には、尽くす人(安)が現れる?

人の心を大事に出来ていない人には、尽くしたい人(壊)が現れる?

安壊の関係性は『精神の成長』がテーマだとしたならば、自分に足りないものを補わせようと人は現れるのだとしたならば、安壊の出会いはこのようにして生まれるのだと思いました。


〇自分の心を捨ててさびしさを抱えたまま、人の心に触れて癒そうとする人がいるでしょう。必ず、自分の心を安心させてくれる人が現れます。人にしたことがかえってきましたね!

〇自分の心を捨ててさびしさを抱えたまま、現実的に生きてきた人がいるでしょう。必ず、自分の殻を割って愛してくれる人が現れます。現実的によく頑張って生きてきました!

〇自分の心ばかりを大切にして、人の傷を大事に出来なかった人がいるでしょう。必ず、人に尽くし、報われない思いを感じるでしょう。

〇自分の心ばかりを大切にして、自分の殻に閉じこもってしまった人がいるでしょう。必ず、自分が固執し続けている自分に執着を向ける人が現れるでしょう。


人は経験の上に成り立っている。そして、因果応報と言う言葉があるのであれば、安壊の相手と良き関係性を築けるか否かは自分自身の心の在り方によって変わると考えられます。

しっかりと現実的に生きている人には褒美が待っている安壊の関係でしょうが、現実的に生きず、自身の心のなかに閉じこもっている人にとってはそれはやはり傷つく関係性しか培えないのでしょうね。

安壊の恋愛や結婚のケース

安壊の恋愛や結婚は上手くいくケースとうまくいかないケースがある

うまくいくケースを失敗ケースをふたつ乗せておきます。

安壊で恋愛や結婚がうまくいくケース

上記のとおり、安壊の関係性は精神に着眼できる関係性と言えます。

社会に揉まれて疲れ切っている人、心が疲労しているのに誰にも気づいてもらえない人。優しさに飢えている人、安心感が欲しい人。本当の自分と建前の自分に疲れ切っている人。本当は人が好きなのに、人を好きになれない矛盾を抱えている人。現実と精神の世界が分断されている人。賢さ故にリアリストにならざるを得ない人。心に傷を持った人・・・・・・・などでしょうか。

現実をしっかり生きている。また理性的な判断が強すぎて自分をないがしろにしてしまうことがある人は、誰かが与えてくれることに飢えてします。また与えられたとき、相手に返そうと思う気持ちがあります。

そこには尊敬なども含め、感謝の心があります。

安心をもらう人(壊)は、それをしっかり、尽くしてくれる人(安)に返せているでしょうか?

それが出来ているか、出来ていないか。たったそれだけでふたりの関係性が変わってきます。ふたりの平穏な精神的に満たされた生活のなかに大事なことは『理性的な判断』なのです。

現実的に見たとき、してもらったことに感謝をすること。また、満たされないことに不満を言わないことが安心をもらう人(壊)には必要になってきます。

尽くしてくれる人(安)にとって、尽くし甲斐のある人でしょうか? ないのであれば、安は疲れちゃいますね。それが「なんで? どうして? ちゃんとやってるのに、どうして満たされて安心してくれないんだろう?」と執着と言う名前の愛へと変わってしまいます。

つまり、安心をもらう優位に立つことになる人(壊)がふたりの関係性のコントロールを握りますから、優位に立つには立つだけの人間性を求められます。また、尽くしてくれる人(安)に対しての配慮が大事になってきます。

この配慮や感謝を持つことが優位に立つ人(壊)が持てるかどうかで関係性は大きく変動します。

相手を全身全霊で信頼できますか?

安壊で恋愛や結婚がうまくいかないケース

残念なことに、多くの人は安心感を得れば、相手になにかを返すことはありません。それでいいと思ってしまいます。

一生懸命尽くされているのに尽くされていることに気づかなければ、意味がありません。

つまり、エゴイストな関係性を持つと悲惨です。

たとえば、不倫に至っては『自分はよくて誰かのことは蔑ろ』の状態が生まれています。

『自分に何かをしてもらっても相手に何かをする義務はない』といった精神的未熟がうかがえた場合、関係性は破綻します。

それこそ、浮気や不倫。相手を傷つけるだけ傷つけてしまい、終了することになります。しかし、安心を得ていた人(壊)からすれば、安心をくれなくなっただけであり、特になにか問題があるようにも感じられません。安心を与えていた、尽くしていた人(安)は疲労困憊になり、グダグダになるでしょう。

むしろ、尽くされていた人(壊)は、尽くしすぎてくる人(安)の執着が嫌になってきます。そもそも執着にまで愛を変化させてしまったのは、尽くしてもらっていた人(壊)なんですけどね・・・・・・。

精神的に成熟に向けて繋がるには、このふたりはとても良い経験をすることになるとは思いますが、お互いがお互いを思いやることが出来なければ、関係性は壊れてしまいます。これは他の栄親などの関係性においても同じことだと思います。

人付き合いのなかにある本質はいつも『成長』です。この成長が出来ない関係性は壊れます。

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私が経験している安壊の関係性を持った人の話

私の周りにも安壊の関係をしている方がいます。とても長い付き合いです。どうして長く続いているのかを書こうと思います。

先生と私の上下関係のある安壊(遠距離)

私には八つ年上の先生がいます。一応異性なのですが、とても長い付き合いになります。十年以上となります。

先生が尽くされる人(壊)であり、私が尽くす人(安)です。

先生は私にとって『絶対』です。絶対的に私よりも優位に立ち、私もそれを良しとしています。あの人は私よりも優秀ですから、私が優位に立つことが絶対的に無理です。

一方的になついている状態ではありますが、先生は先生なりに私のところにやってきて話をします。なかなか現実主義的であり、社会的に忙しい方ではありますが、私のところで本音をこぼしていきます。

私を目の前にすると、尽くされる人のもつ安心を得てしまうのでしょうね。いつもはそんな弱気なこと言わない人なのに、なぜか私の前だとダメダメになることもあります。

そんな先生を私は受け入れています。つまり、尽くしている人(安)にとって、先生を受け入れることは『絶対』です。こうなることで私は心を無理やりにでも破壊によって広くするきっかけに恵まれているとも思います。

先生に対して私は忠誠心が高いのですが、私は『絶対に先生を裏切らない』としています。尽くす人(安)にとって、それは必然的なことなのでしょうね。破滅的かもしれませんが。w

しかし、先生はそれが当たり前です。

私が尽くすことは当たり前ですから、さして特に気にも留めていませんが、そこまで全身全霊で信用されてしまいますと、そりゃ自分の腐った性根のひとつぐらいボロボロしてしまっても大丈夫なんじゃないかと気が抜けるのかもしれませんね。

受け止めてくれるとわかっているから、話すことができるのでしょう。よく本音を話してくれます。

私は尽くす人(安)として、先生に色々尽くしていますが(先生は尽くされている気なんてありませんが)先生には自分の殻を壊されています。心の会話をしまくります。精神的な領域でつながっている人だと先生に対して感じています。

自分の殻が壊れて会話が出来るから、すごく安心感がありますし、深い話が出来ます。どう思ったとか、どう感じたとか、そういう話でしょうか。

 

ちなみに私は尽くす人(安)がショックを受けた経験ですが・・・・・・。

普通に傷つきました、多大に。内容は伏せますが、一年間音信不通になりました。w

内容を書かないのは先生にもそういうときはあるっていうことです。(つまり受け入れてくれる、この姿勢が安心につながる。絶対的に私は先生を見限らない・・・・・・)

一年間の音信不通に終了を知らせたのは、先生からの一本の電話です。

つまり、安心をもらう人(壊)が関係性を終わらせないでいようとすれば、かならず、尽くす人(安)はついていってしまいますね。

 

逆に私が怒るときもありますが「なんか怒るのつかれた(*・ω・)」という発言と共に私は怒ることをやめてしまいます。先生は「そうか。」で終わります。

しかし、泣いていたりすると先生はワタワタします。困ってしまうようです。

尽くしている立場の私(安)が、不安定になるとき、それをなんとかしようと回ってくれる先生がいるから、尽くし尽くされの関係性が構築できているように思います。

ものすごく当たり前のことですし、人として当然のようにも思いますが、すごく難しいことのように思います。

 

安壊らしい安壊の関係性がふたりのなかであるのだとしたならば、それは『精神の領域でつながれる対話がある』ということではないでしょうか。また、安心感はべらぼうに尽くしている人(安)である私にもあります。

 

先生がなかなか私に対して『与える』ことを知っている人ですし、『人を大切にする』ことを大事にしてくれている人で、私自身も先生と一緒にいるのが大好きです。

先生が気楽になっているのを見ると報われている気がします。本音で話してくれると嬉しいです。

先生も、私も心にある傷によって社会という現実から一線を引いて心をかくまっている。そのかくまった心の開放する場所が先生と私の間にはあります。

それは本当に貴重な関係性であり、他人には介入することの出来ない世界でしょう。

安壊による破壊作用が怖くならないように、まとめ。

安壊による破壊作用が怖いと思う人も多いように思います。

しかし、この関係性もなかなか素敵なもんなんだよ! っていうことを伝えられたらいいなって思います。

また、誰かの安心と共に、安壊による幸せな関係性を築くためのヒントになりますように。

2020/07/27安壊 恋愛 結婚

Posted by sanro