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数秘術│マスターナンバーとは?細かく性質を解説

『数秘術│マスターナンバーとは?細かく性質を解説』はさんろによって2021年12月03日に書かれました。 2022年01月25日に更新しています。
占いにはたくさんの種類がありますが、占いの種類のなかで『吉相』と思わしきものがあります。
例えば手相の種類で「神秘十字線が手相にあるんだよね」って言えば、なんかよくわかんないけど『イイナー』って思ってしまう。
他にも『ますかけ』『覇王線』なんて特別感満載ゆえにイイナーって思うし、四柱推命でいえば『魁罡(かいごう)』とか『三合』にイイナーって思うわけです。
どうしていいなと思うのか。
理由はそれが『吉相』と思われており、持っていると人生が豊かになると思われているんですね。
人って強欲なもの。お腹にいる三匹の鬼さんのうち『もっともっと( *°∀°* )もっといっぱい欲しい( *°∀°* )』と言う黒鬼さんが疼くんですね。
今持っている人生よりも、より良い人生送りたい。誰しもがそのように思っています。
これは人として。否、生物として真っ当な感性だとは思いますが、人が思うより良い人生の裏には苦労ありといわせていただきたくも思います。
もちろん、相応の幸福もありますけどね。
数秘術におけるマスターナンバーとは、ほかの占いによる『覇王線』や『魁罡(かいごう)』などに当てはまるかと思います。
ですから、マスターナンバーっていうと特別感が沸いてきます。
ある一定数の数だけマスターナンバーは発生します。同じようにマスターナンバーのテーマに沿って生きている方々がいらっしゃいます。
それは『良い』ことでも『悪い』ことでもありません。ただ、マスターナンバーっていう分類をされているだけ――と思ってください。
さて、それを踏まえて数秘術の世界における『マスターナンバー』とは?とご説明させていただきますね( *°∀°* )
マスターナンバーのカタチ

マスターナンバーとは、生年月日を足していったとき、ゾロ目になることを指します。
その時、マスターナンバー11の方々では29などが合計となってしまい、減衰計算――2と9を足すこと――にて11になることが多いです。
特に1900年代生まれの方々は減衰計算を一回挟むことによりマスターナンバー11という形になっているかと思います。
しかし、2000年代に突入しますと減衰計算をせずともマスターナンバーになる方々が生まれてきています。
とても興味深いことではありますが、1900年代のマスターナンバーと2000年代のマスターナンバーは種類が違ってきてしまうんですね。
もちろん、マスターナンバーとしてのテーマは同一として存在しているのですが、気質は色々変わってきてしまいます。
少なからず、2000年代初期に生まれる方々は『純粋な数字の影響』をもの凄く強く受ける方々が多い点、独特な――個性的な方々が多い状態になっています。
さて、話が脱線してしまいました(っ`∀´*)
この1900年代と2000年代のマスターナンバー11の違いについてもそのうち記事にしたいなと思っています。
さて、このように、減衰計算を挟むか挟まないかはありますが、生年月日が『ゾロ目』になった瞬間、マスターナンバーということになりますね。
『マスターナンバー』『ソウルナンバー』どちらで生きるか

マスターナンバーは二桁状態になっていると思います。11、22、33、44といった形ですね。
この形から、一桁になると2、4、6、8と偶数になります。
こちらを『ソウルナンバー』と呼ばれています。
他にもエンジェルナンバーとかソウルパスナンバー、運命数といった形で表現されていますが、どれも同じこと。減衰計算を一桁になるまで行なわれたものを指しています。
私が一番馴染み深いのは『ソウルパスナンバー』なのですが、絶版本等はソウルパスナンバーで書かれていることが多いですので古い言い方なのかなと思います。
言い得て『パスワード』のようなナンバーということですね。
減衰計算による結果のソウルナンバーをマスターナンバー保有者たちも持っており、マスターナンバーとなり得るには先ず! 先ずはソウルナンバーの克服が必須だったりします。
私はよく『テーマ』という言い方をするのですが、ソウルナンバーが持っているテーマが終了すると、次にマスターナンバーとしてのテーマがやってくるのがマスターナンバーとしての人生なんですね。
しかし、マスターナンバーの方々の様子を見ていますと、特にマスターナンバーとしての人生をガチで送っている人はほとんどいない気がしてきます。
特に若い世代においてマスターナンバーの人生を送っている人をみたことがない。
例えば、マスターナンバー11でいえば『霊性が高い』状態です。
霊感が強い方が多く、『視る』という能力を持っている方々も多いとは感じていますが、幽霊や怖いものを視る状態は少なからず霊性が高いとは言えないんですよね。
例えば、マスターナンバー22で言えば『達成』があるわけですが、なにか凄い偉大なことを達成するわけです。
たぶん、50代以降になるとそういう人がほらほらでてくるとは思いますが、マスターナンバー11と同様に、若年層では見かけません。
たとえば、マスターナンバー33で言えば『創造』とか『責任』とかあるわけですが、残念ながらマスターナンバー33の私自身、自分のケツがまだふけていませんね(っ`∀´*)
たとえば、マスターナンバー44でいえば、物質的な側面での『成功』があるわけですが、やっぱ歳を重ねてようやくでしょう。
マスターナンバー保有者は『先ず』ソウルナンバーとして生きる

実はマスターナンバー持っていても、マスターナンバーの人生を歩んでいない人の方が多くいます。マスターナンバーとして生きるには代償みたいな『負』の部分を差しだし、学ばなければならないためです。
ニュースなどではマスターナンバーの荒波に飲まれた人などはたびたび見かけますね。
マスターナンバーとして生きていない人たちはソウルナンバーを生きることとなります。
それは若い世代に凄く多い。これは若い世代はまだマスターナンバーとして未完成であるが故だともいえます。
逆に減衰計算で最初から一桁状態、ソウルナンバーとして成立している方々のほうがこの世での成功が早いです。
ソウルナンバーの克服が終わってしまえば、否、自身の持つカルマの消化が済めば、この世が地獄であれど先に進む力を得ることができることになるのですが、そのテーマの克服内容が重すぎる(:3_ヽ)_
それがマスターナンバーなんです。
一桁になったソウルナンバーとは『内包している数字』によってソウルナンバーの力量を発揮することになります。
マスターナンバーの方々は、ソウルナンバーのなかに1種類の数字しか入っていない状態です。
減衰計算をすると29や38となるマスターナンバー11の気質が2000年代のマスターナンバーと気質が変わってくると前述したのはこのソウルナンバーに内包する数字が違ってくる為です。
マスターナンバーの前に『マスターナンバーのひとつの数字としての克服』と『マスターナンバーを減衰計算したソウルナンバーの克服』を終わらせなければなりません。
これはマスターナンバーのみならず、ソウルナンバーも同じではありますが、マスターナンバーのように『同じ数字』が絡んでくるのは『ゼロの保有者』のみとなります。
ゼロの保有者もマスターナンバーっぽい雰囲気があるのはそのせいなのです。
もっとわかりやすく説明してみようかな。
マスターナンバー11の人の場合、マスターナンバーのひとつの数字とは、1のこと。
マスターナンバーを減衰計算したソウルナンバーとは、2のこと。
これはほかのソウルナンバーとは同じですが、マスターナンバーのひとつの数字となる1は普通よかでかい1。減衰計算結果による2は1が二個はいっている2。
これが『しんどい』というかたちにマスターナンバーたちは感じてしまうわけですね。
ですが、これ、まだソウルナンバーの領域なんですよ。
1桁の状態のテーマなので(:3_ヽ)_
ですから、マスターナンバーとしての領域に達することなく、マスターナンバー以前のソウルナンバーとして幕を閉じることになっている方々が多いわけです。
特に若い世代はしんどい思いをするのはデフォルト。三十代後半に差し掛かっていく度に人生が随分と気楽になっていく傾向があるのがマスターナンバーの人生です。
ではでは、ここからマスターナンバーとしての苦痛について説明してみようと思います。
マスターナンバーの苦痛となるデメリット

マスターナンバーってどういう状態なのかが数字的に、イメージ的に理解して貰えたかな?と思います。
いや、説明が下手すぎるかもしれませんが(:3_ヽ)_
わかってくれたと思いこんで次に進んでいこうと思います。
マスターナンバーの人が持つ苦痛について説明します。
いわば、デメリット面を先にご説明します。
そのあとにメリットについて説明していこうかなと。
さて、前述にて『マスターナンバーとしての人生を歩んでいる若い世代はいない』とさせていただきました。
同時にソウルナンバーのほうが人生としては成功しやすいんだなァというイメージが湧いたと思うんです。
がっくり来たでしょうか。
ほかの占いでも同質のようなものがあるわけですが、四柱推命の魁罡(かいごう)さんたちも斧持っているような人格ですから人も自分もバッサバッサ切り捌くことがあります。
手相の覇王線は後天性の手相ではありますが、それまでに苦労がしっかりとある。
綺麗な神秘十字線を師匠の手のひらに見つけましたとき、「九死に一生を得る」と言われたのを未だによく覚えています。
つまり何が言いたいかというと、何かを持っているということは何かを差し出している状態なんですよね。
脳の仕組みでいえば、脳はエコするんです。どっかの部位を使っているとき、どっかの部位を使わないんです。ですから一箇所だけ使い続けると、脳の発達として一箇所は発達するわけですが、どっかが欠落状態になるんですね。
マスターナンバーも同じく、どっかに突出させるものがあるわけですが、どっか欠落させる、なにかを差し出している運命のもとにあるんです。
では、マスターナンバーたちが何を差し出しているのか? について説明していきますね。
マスターナンバーは犠牲がある

マスターナンバーたちがなぜ苦痛を感じるのか? について複数あるわけですが、マスターナンバーとなる一歩手前のソウルナンバーにもマスターナンバーにもなれない存在たちは、代償を差し出している状態だからなんです。
犠牲、代償といった形で『なにか』をさしだすことによって自身を維持しています。
状態的に『マスターナンバーになりたい。マスターナンバーの領域が正解』だと彼らは気づいている状態なんです。
本能的に宿命を知っている方々がおおいんですよね。無意識のようですが。
しかし、そのマスターナンバーの状態になるには俄然と足りないものがある。
私は宗教学を嗜みますので、簡素に説明するならば『徳が足りない』といった状態であるんですね。
徳とはなにか? といえば『心』なんです。
心とは感情や私利私欲含め、合理的に判断ができなくなるであろう引き金をすべて取り除いた状態の心です。
その状態へ私たちは成ろうと一生懸命がんばっているわけですね。
前世や来世といった言葉を受け入れられる人ならば、このように考えてみてもいいかもしれません。
私たちの魂はあの世にあり、この世に一部だけやってきている。その一部で何を経験するかを決めてきているから、その経験をし、心(魂)を鍛えることによって徳を積むのだ――と。
徳を積むとは善行を指しているわけじゃないんですね、徳を積むとは心の成長なんです。
心の成長は善行によって促されている。
これを総括して『徳育』というわけです。
∑(ºωº`*)!!!!!
お説法になってしまいましたので、話を戻しますが、この徳育が数秘術でいうテーマの克服になるわけです。
『マスターナンバー』とは、マスターというだけで凄いんだろうなとイメージを湧かせることができるわけですが、その凄い状態に本能的になりたがっているんです。
しかし、徳がたっていない。心が未熟だからマスターナンバーの人達は足掻いたり、苦痛を感じたり、犠牲を差し出さなければならないんです。
自分がしんどい思いをしなくとも、犠牲を差し出さなくとも。実はマスターナンバーとしての状態になれるんですよね。
そこに至ってようやく人は『真なるマスターナンバー』になれるんです。
マスターナンバーが苦痛を抱くメカニズム

マスターナンバーたちはソウルナンバーたちよりもスケールが大きい。
そのように表現されることがあるわけですが、マスターナンバーの人達が納得しているのかが疑問ですので、これについてちょっくら説明を挟んで置こうと思いました。
マスターナンバーたちが犠牲や苦痛を感じるようになっているメカニズムについてです。
マスターナンバーたちは理想があります。
例えば、マスターナンバー11であればスピリチュアルに特化したいとか、マスターナンバー22であれば偉大になりたいとか、マスターナンバー33であれば創造したいですし、44であれば成功したいわけです。
わりとマスターナンバーたち、みんなそのように生きています。
マスターナンバー11の方々、女性は特に占い好きが多いですし、直感重視で生きている。幽霊も視るみたいだし。
マスターナンバー22の方々、お勉強していい企業勤めが多いですね。
マスターナンバー33、私ですが、必ずなにかを創造し続けている。私も色々作っていますし、占いにおいてもそうですね、私は数秘術で新しい視点やデータを探し続け、創造しているわけです。
マスターナンバー44の方々って過活動ですよね。同時にお金を稼ぐことに貪欲。頑張り屋さんが多いわけです。
つまりですね、マスターナンバーの若年層となる未熟なマスターナンバーたちも、マスターナンバーになりたくてマスターナンバーっぽく生きているケースが多いんです。
その様子が、周囲からすれば賞賛に値する。
もちろん、犠牲や苦痛などを差し出しているのですから結果がでて当然なわけです。
身を削っているわけですから(っ`∀´*)そのぶんだけ形になって当たり前なんですね。
つまりですね、マスターナンバーたちは『自分の抱くビジョン』をしっかり体現できている状態であることも多いわけです。
同時に、これが苦痛なんですよね。
マスターナンバーはマスターナンバーになりたいから苦痛なんです。
マスターナンバーではあるけど、マスターナンバーではないから『苦痛』。
つまり、これを数秘術では『未熟なナンバー』といいます。
ふつうのソウルナンバーであれば、自己の領域のみ、自分にとって身の丈であるテーマが克服対象なわけですが、マスターナンバーたちはちょっくら違う。
自分の持つビジョン、理想を追いかけているからこそ、見合わない自分に押しつぶされやすく、本質的に徳足りずに犠牲を差し出すしかない状態が身を削っているわけです。
そのような姿がマスターナンバーはかっこいいんですけど、それでも未熟なんですよね(:3_ヽ)_
苦痛を感じている段階は、まだまだ宿命に食われている状態です。
マスターナンバーの犠牲を詳しく説明

マスターナンバーたちが身を削ってはマスターナンバーになろうとしている。
そのことを理解してもらえたでしょうか。
それを踏まえて、マスターナンバーたちがはらっている犠牲について説明していこうと思います。
マスターナンバーたちは『何をしたいのか』について、宿命について本能的に知っている方々が多いです。
その宿命に気づくことが出来るのはマスターナンバーとしての特性であり、ソウルナンバーと一線を駕すラインともなりえます。
つまり、ソウルナンバーとして生きている人たちはマスターナンバーのような天命に生きるような生き方ができません。
平たくしますと、ソウルナンバーの人達は『どのような自分になりたいのか』を模索している段階なんですね。
少なからず、模索している魂の欠片なんです。
マスターナンバーは『なりたい自分がわかっている』状態です。
ですから、なりたい自分になろうと躍起になるわけですが、なれない状態なんです。
模索するソウルナンバーたちは世間で職につくことも容易いような状態になっていますが、マスターナンバーとなってきますと、容易く職業に着くと心が「そうじゃない」と騒ぎだし、挙句、世間から溢れてしまう――っていう結果も有り得ます。
マスターナンバーたちは色々な経緯を経て『ありたい自分』を体現する為に紆余曲折あれど、そのポストを導き出すことになっているんですね。
マスターナンバーと犠牲の種類

ありたい自分が精神領域という形になりやすいのが、マスターナンバー11とマスターナンバー33。
ありたい自分が物質領域に傾きやすいのがマスターナンバー22、マスターナンバー44。
さてここから『何を犠牲にするのか』なのですが、実はマスターナンバー11とマスターナンバー33は、物質や現実面を犠牲にし、マスターナンバー22とマスターナンバー44は精神面を犠牲にしていきます。
つまり、マスターナンバーとしての専門を精神と物質に分けた場合、専門外となる部分を犠牲にしなければなりません。
その犠牲のうえに『未熟な』マスターナンバーは存在しています。
また、すべてのマスターナンバーが精神を犠牲にするきらいがあるんですね。
マスターナンバー11と33は『精神』と『現実』を犠牲に。
マスターナンバー22と44は『精神』と『精神』としてマスターナンバー11とマスターナンバー33よりも二倍ぐらいは自分の心を捨てることになります。
なぜならば、減衰計算した結果に導かれるソウルナンバーが偶数になるからなんですよね。
マスターナンバーと精神の摩耗

マスターナンバーたちは『精神』を摩耗しやすいきらいがあります。
どのような形になるのかは、それぞれのナンバーの個性と数秘術を超えた当人のアイデンティティが関係してきます。
精神を摩耗する形はマスターナンバーたちが抱えているテーマにそって行われていきます。
理由はそこにテーマの克服があるからです。
テーマとは困難と幸福が表面一体として存在しています。
順番的には困難→学習→幸福といった経緯を辿ります。
人は自分が苦痛を感じることがなければ学習する思考がまわらないのがデフォルトです。
辛いと思えば、辛くない状態になろうとするわけです。しんどいのはゴメンです( *°∀°* )
マスターナンバー11の人たちは自己愛ゆえに傷つくことによって、精神を犠牲にします。同時に誰かを大事にしようとも思うわけです。
マスターナンバー22の人たちはお勉強などが大好きですし、達成しようとする意気込みはありますが、合理性に傾き過ぎるきらいがあって自分の本心から遠ざかりやすい。自分の心を喪失します。
代わりに『社会においては』とても優秀な方々がいらっしゃいます。
マスターナンバー33は何かを創造していきますが、代わりにメンタルを壊します。精神を削る形で創作をします。
マスターナンバー44は物質的な豊かさを得るために身を粉にして働きます。代わりに健康を害していきます。
このように『未熟なマスターナンバー』たちは代償や犠牲のうえに成立していることになります。
しかし、マスターナンバーの方々であっても、犠牲や代償をはらっていないケースがあります。
少なからず、摩耗しない精神ということは何か凄いことが起きるんじゃないか! と思うのですが、ここが分岐点となります。
『何も結果をださないマスターナンバー』と『成熟したマスターナンバー』の二種類になるんです。
現実面を削るマスターナンバー11と33と削らない22と44

マスターナンバー22や44は現実面を重視した人生となりますので、現実を放棄することはありません。
しかし、心を捨てるということは心に関連するものも捨てられていきます。
マスターナンバー22や44の方々は家族や恋人など『心から大事に』しなければならないものを犠牲にしてしまうことが有り得ますので注意が必要です。
マスターナンバー11や33は現実面を放棄するといった形で犠牲をはらうことになります。
例えば、マスターナンバー11の方々は霊性が高まっていき、直感的に判断ができるようになる反面、地に足をつけて判断が苦手になってきてしまいます。
そして、信仰心も11が司るところがあるからでしょうか。盲目的な『なにか』の信者になることがあります。
すごく危険なにおいがすると普通の人ならば敬遠するようなところにも飛びこんでしまうことがあるんですよね。
マスターナンバー33は夢想家なところがあります。
現実的に無理だろうがよ? と思うようなことを現実化できると思っているところがあるんですね。
ときにマスターナンバー33の面白味として内在する想像の世界は創造に至らなければ、現実味のない非現実的な夢の中に生きる人になってしまいます。
また、マスターナンバー11と33は精神的なテーマが強すぎるというきらいがあり、社会的な、現実的なテーマをこなすことが苦手な気質があるんです。
家のなかへ引きこもったりすることもあります。また、主婦(主夫)になることも多いかと思います。
宿命が、自分のテーマに向き合うが為にセットされたような状態になるわけです。
そのとき、特に内側へ内側へと意識が入っていくため、精神疾患などにも患う状態にもなります。
結果を出さないマスターナンバー

マスターナンバーは犠牲が伴うような形で結果を出すことができる人たちがいることを前述にて説明をいたしました。
この状態を、未熟なマスターナンバーとして捉えることになりますが、未熟以上に『マスターナンバー』として生きてもいない人がいます。
それはソウルナンバーのようにして生きている状態の人たちです。
マスターナンバーは『成熟』『未熟』として考えることができますが、ソウルナンバーのように生きているマスターナンバーは成熟や未熟とした形を持って天命のもとに生きようとは試みません。
たとえば、マスターナンバー11の人がソウルナンバー2として生きている場合、占いやスピリチュアル、革命などにも興味がなく、ただ幸せな結婚を望み、行動することがありません。
マスターナンバー22の人がソウルナンバー4として生きている場合、仕事に明け暮れる日々かもしれませんが『誰かのため』であるならば、自分や家族の為といった形に着地することになります。また、日々、勉強をするようなことはないでしょう。
マスターナンバー33の人がソウルナンバー6として生きている場合、家庭的なことを好み、創造的な活動はしません。
マスターナンバー44の人がソウルナンバー8として生きている場合、物質的なものを追い求めて生きていますが、そこに他者愛という感覚は絡まりません。忙しい生活を送るとは思いますが、マスターナンバーほどでもなく、体を壊すこともないでしょう。
マスターナンバー11は革命やスピリチュアルの成功、マスターナンバー22は偉大な達成、マスターナンバー33は創造、マスターナンバー44は物質的な成功。
このような形に着地する為に、スケールの大きなビジョンを目指しますが、ソウルナンバーを生きているマスターナンバーたちは犠牲を伴うよう行動がありません。
マスターナンバーとしてのメリット

さて、ようやくメリットについて書くことができます。
マスターナンバーにとっての最大のメリットは『マスターナンバーとしての成功』なんです。
しかし、成功に至るまでに未熟であるマスターナンバーは苦しみながら成熟を目指します。
そのとき、犠牲を払いながらとなりますから、だいぶしんどいわけですね(:3_ヽ)_
マスターナンバーは犠牲をはらえば、結果を出すことができるわけです。
これはほかのソウルナンバーでは得ることが出来ない結果を出すことができます。
さて、ここまでが一般的なマスターナンバーについての説明となりますが、ここから『成熟したマスターナンバー』についてご説明しようと思います。
成熟したマスターナンバー

未熟なマスターナンバーとは犠牲を払うことによってマスターナンバーになろうとしている状態です。
その犠牲は自分の心、時間、健康、自分のみならず誰かであったりもしますし、大事ななにかを差し出している状態。
少なからず、そこには不和が生まれてしまい、自分の世界を壊しながら邁進し続けるのが未熟なマスターナンバーとなっています。
しかし、マスターナンバーとして成熟しますと、なにかを犠牲にせずとも結果をだすことができるようになります。
それはマスターナンバーとしてひとつの脱皮のような感覚を得られると思いますので、直ぐにわかるかと思います。
風向きが変わったように、環境、心境に始まり、あらゆることが変化した後、マスターナンバーとして成熟していきます。
未熟なマスターナンバーが差し出し続けていた代償は、自身の心が持つ未熟さ。前述した話に合わせるならば、徳の低さが関係しています。
複雑に絡み合うように『不安』『執着』『強欲』『依存』などが関係し、マスターナンバーの成熟を阻害しているような状態なんですね。
マスターナンバー11の場合は、不安が強く関係しています。自信のなさが不安を軸にその他の不を心に呼び込みます。
マスターナンバー22の場合は、依存が深く関係しています。共依存や依存心を軸に他の不を心に呼び込みます。
マスターナンバー33の場合は、執着が深く関係しています。執着と無関心を軸に他の不を心に呼び込みます。
マスターナンバー44の場合は、強欲が深く関係しています。欲深さがほかの不を心へ呼び込みます。
この不が心にあるとき、マスターナンバーたちは何かを犠牲として支払わなければ何かを得ることができません。
しかし、心から不が抜けきることにより、マスターナンバーたちは犠牲を支払わずとも能力を持って生きていけることを理解できます。
否、自分の思うがままに生きることができるようになるんですね。
自分が生きたいと思う生き方をしているなかで、息苦しいと思うのは自分の心に枷としてハメられた『思い込み』のようなものが存在します。
こうでなければならないといった思い込みは子供の頃に刷り込まれた考え方から前世の因縁のようなものもあるでしょう。
もしくはマスターナンバーとして以外にも心にある枷を外すことにもなるかもしれません。
枷は心を縛り付けるような鎖です。
なぜ『ライフパスナンバー』と呼ばれるのか?についてここでようやくご説明ができますので、少しだけ脱線するお話をさせてもらおうと思います。
『ライフパスナンバー』とは?

ライフパスナンバーとは、日本語にしてみると『生活』『合言葉』『数字』ですね。
ライフパスナンバーとは自分自身にとても密接した合言葉となるナンバーなんです。
人は皆心に枷をつけています。
たくさんつけている人もいますし、小さな枷から大きな枷と人それぞれ。
そのなかで、心の枷を外す為に必要な合言葉をもったナンバーがライフパスナンバーなんです。
ライフパスナンバーを踏まえて『マスターナンバー』とは?

ライフパスナンバーは自分の心の枷を外す為のキーワードとなってきます。
マスターナンバーは、ゾロ目という形でマスターナンバーと呼ばれていますが、ライフパスナンバーのなかにあるひとつのジャンルとしてマスターナンバーが存在しています。
つまり、マスターナンバーはライフパスナンバーと同じように心の枷を外すキーワードであるということです。
しかし、一般的なライフパスナンバーは心の枷を外すキーワードとなるわけですが、マスターナンバーは意味が変わってきます。
もちろん、マスターナンバーはライフパスナンバーとしても機能していますから、心の枷が外れることはもちろんなのですが・・・・・・。
プラスとして『マスター』になることが出来るのがマスターナンバーなんです。
マスターとは師匠といった言葉が一番直訳に近いと思いますが、心の枷が外れることにより、ライフパスナンバーではたどり着くことができない領域へたどり着くことができます。
その領域に辿り着くために、マスターナンバーたちは犠牲をはらい続けるわけです。
犠牲を払う形でしかマスターナンバーであれない徳であることと、犠牲を払わなければ、犠牲以外のやり方も見当たらないわけですから。
成熟したマスターナンバーの生き方

未熟から成熟へと路線変更することができたマスターナンバーは、犠牲を払うことなく、自身の目的を達成することができるようになります。
本能的になりたいと思い、無意識に進んでいた道を意識的に歩み始めることができるようにもなりますので『自分のお役目』がわかるようになるんですね。
無意識的な行動が減り、意志や意思の元に決断することが増えます。
その決断の連続は後悔することが格段と減っていき、マスターナンバーたちは過去を振り返ることが減っていきます。
無意識の状態とは他人に振り回されている状態でもあるんですが、自分へと意識がシフトすることにより、他人と自分を切り分けて判断していくことができます。
家族、恋人など、人を犠牲にしてしまう形でしか仕事に邁進することができなかったマスターナンバー22や44の人達は、人を味方につける手段を持つことができます。
今まで自分の足を引っ張るような存在が協力者へとかわっていくことになります。
精神の領域による変化は人生や環境にまで影響を及ぼすことになっていきます。
環境、人、心などが自分を味方するような形でマスターナンバーたちの人生を後押しするような人生へと切り替わっていくことになります。
成熟したマスターナンバーとソウルナンバーの人たちの関係性

マスターナンバーは『マスター』であり、師匠という言葉があてはめられています。
ソウルナンバーの人達を寄り良い方へ推し進める風。それがマスターナンバーとなります。
例えば『教える』といった感覚さえ、成熟したマスターナンバーは感じていません。
ただ、楽しい。そういった喜びの世界で生きることにより、マスターナンバーを見習うソウルナンバーたちがでてきます。
そのとき、未熟なマスターナンバーたちも含まれ、成熟したマスターナンバーは手本を示すような形になっていくわけです。
マスターナンバーとゼロの保有者

最後にひとつだけ、触れておこうと思います。
40、30、20、10 はゼロをもっているソウルナンバーです。
このゼロを持つソウルナンバーたちは、マスターナンバーと似たような作用を及ぼしているように感じられました。
ゼロの数字は霊感、直感など、霊的素質をあらわします。
ですから、霊感が強い方が多いのも事実です。
そして、数字として純粋なエネルギーを発することができるのも、ゼロの保有者だと思うのです。
マスターナンバーはゾロ目という点でも数字の強いエネルギーを持つことにはなりますが、減衰計算後には偶数の数字を導きだします。
しかし、ゼロの保有者は減衰計算後も同じ数字のエネルギーを発することになるのですね。
これはマスターナンバーと同じような働きをするのではないかなと思い、ゼロの保有者を私も観察してみたところ・・・・・・。
ゼロの保有者はマスターナンバーよりも社会への適応能力も高いように感じられます。
これは最後に一桁にまで減衰計算を行うからだと思います。
彼らはソウルナンバーとしての人生を歩みやすいんですね。
ゼロとして、直観的な感覚、占いやスピリチュアルなどにも興味や縁が深い。
正直、マスターナンバーとゼロの保有者について未だに考えはまとまっていません(:3_ヽ)_
が。
ゼロの保有者たちはマスターナンバーのそばにいるんです。
そしてマスターナンバーを支えたり、理解したりすることはマスターナンバー同士よりもうまく関係性を築いているようにも感じられました。
つまり、マスターナンバーを理解するには『ゼロが必要』なんじゃないかということです。
マスターナンバーの気心を察知することが出来るのは、ゼロという直感が必要なのかもしれません。
また、いくばか様子をゼロの保有者たちを見ていると、未熟なマスターナンバーと似て非なるような部分が多く存在しているように見受けられます。
さて、このゼロの保有者とマスターナンバーについてはまた別の機会に書きまとめるとして、この記事をしめようと思います。
最後の最後までありがとうございました( *°∀°* )