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数秘術の『マスターナンバー』33を技術的に解説

『数秘術の『マスターナンバー』33を技術的に解説』はさんろによって2021年11月16日に書かれました。 2022年01月25日に更新しています。
- 今まで『数秘術33』としては書いてきたのですが、『マスターナンバー33』として記事を書いたことがありませんでした。
なかにはマスターナンバーの特性も含めて説明している箇所もあるし、どっちにしたって『33』は『33』なんですけれども、この記事に限っては『マスターナンバー33』という部分にしっかり着眼して説明しようと思います。
マスターナンバー33は特別?

マスターナンバーはゾロ目に関して言われる言葉で、11、22、33、44、55に対して使われる言葉です。
このなかで11、22に対してはマスターナンバーとして取り扱われていたと思うのですが、33以降は取り扱われていませんでした。
マスターナンバーとしてもソウルナンバーのなかで特別なのですが、33は今までマスターナンバーとして取り扱われていなかったことも相まって特別感が増し増しなわけです。
さて、なぜマスターナンバー33がマスターナンバーとして扱われていなかったのか? について少しだけ触れさせてもらおうと思います。
33がマスターナンバーに取り扱われていなかった理由

数秘術って元々日本から発生した占いではありません。
もっと広く見てみると、東洋の占術ではないんですね。
東洋占術になってくると、四柱推命が帝王として鎮座しているわけですが、手相にも東洋型がありますし、宿曜占星術なども東洋占術だと思うんです。
そのなかで『数字』を取り扱った占いは八卦でしょうか。
少なからず、私の知識のなかで生年月日を数字に起こして読む占術は東洋にないわけです。
数秘術は西洋占術として独立した存在なんですよね。
手相含めた観相学は今では西洋思想が根付いていますが、東洋的な観相学も古くから存在しますし、暦的な占いであれば、四柱推命とホロスコープを使った占星術が存在しています。
だけど、数秘術だけは東洋思想の形で存在していないんですよね。
つまり、数秘術は西洋思想がガッツリ介入している占術っていうことです。
だけど、ここでいう数秘術ってカバラ式なんです。
カバラはユダヤ教が関係していると思うのですが、今ではキリスト教のほうが知名度が高いですね。
キリストさんはユダヤ教、ユダヤ教信者に嫌がられて十字架に貼り付けられるわけですが、死後、キリストさんは復活します。
たぶんですが、これ、復活したわけじゃなくて、人間として死に、死後、神さんになっただけだと思うんですよね。
あ、どうでもいい話が介入してしまいましたが、ピタゴラス式→カバラ式と数秘術がわかりやすいように形を変えていく経緯を迎えたように、ユダヤ教からキリスト教へとカバラ式も変化したと思うんです。
つまりですね、マスターナンバー33が特別視され、マスターナンバーとして取り扱わない理由はここにあるんじゃないかって私はふんでいるんです。
キリストさんは30歳で修行をはじめて、33歳で十字架に張り付けにされました。
『33歳』で。
私はここから、33歳ってマスターナンバー33にとって(比喩ではあるが)死ぬほどの大きな転機になるんじゃないかって踏んでいたんですが。。
確かに、ものすごい転機が自分に訪れたのでびっくりでした。。w
またまた話が脱線してしまったんですが、キリストさんの象徴する数字って『33』だと思うんですよ。
ブッダさんとかもそうなんですが、彼らは今では神さんとして崇められていると思うんですが、元々は神さんにお仕えする――もっというと神さんの世界を垣間見ることができる宗教家、もとい霊能者だったわけです。
日本でいえば、出口王仁三郎さんとかでしょうか。
彼らを指して『マスターナンバー33』なわけです。
平たくすると『神になった人間』の数字だということ。もっというと『神さん』を指している。
そりゃマスターナンバー33、人間に適応させるにはおこがましい数字だというわけです。
だから、マスターナンバー33はソウルナンバー6として取り扱うんです。
これが数秘術のなかでマスタナンバー33が不採用であった理由なんじゃないかって思います。
ちなみに数秘術が東洋から発生した場合、シッダールタさん(釈迦さん)が悟りをひらく35歳ですからマスターナンバー35とかあったのかなと考えてみたんですが、ブッダさんは別に35歳で悟りはひらきましたが神になったわけではないですから違うんだろうなーって感じです。
ちょっと話が脱線しますが、マスターナンバー33が『神さんになる人間』だとも思いますし、『神さんに直に触れる人間』だとも思うんです。
マスターナンバー11はその言葉を伝えていく立場。
ブッダさんや生前のキリストさんとかですね。霊能者なわけです。
だから、マスターナンバー33の人って精神領域に強く、現実的なことに激弱なタイプが多いんです。逆にマスターナンバー11は現実派が多いのは役割が人間相手のお仕事だからなのかもしれませんね。
ごちゃごちゃと書いてしまいましたが、まとめてみると、
マスターナンバー11は人間専門、マスターナンバー33は神さん専門。
マスターナンバー33が持っている情報をマスターナンバー11が布教する立場。
つまりはマスターナンバー33が覚醒することはマスターナンバー11よりも難しいんじゃないか? っていうことも含めてこれから書いていこうかなと思います。
マスターナンバー33とソウルナンバー6の違い

色んな方の人生をみさせていただいているなかで、マスターナンバー33なのに、33歳で転機が起きるわけでもない人たちがいて。
というか、私は33歳で神さんの仕業かよって思うほどの出来事が頻発していたのですが、同年代のマスターナンバー33の友達たちはそういうわけではなそうで。
何が起きているんだろうか? って思って、色々考えているうちに、あれ?もしかしてマスターナンバー33の人生なのか、ソウルナンバー6としての人生なのか。どっちになるかで人生が違うんじゃないだろうか? ってとこころに行き着きました。
そうしてくると、だいぶ話が変わってくる。
ソウルナンバー6の人生って、家庭が大きなテーマとなるんです。
そのテーマに沿ってソウルナンバー6の人の人生って形成されているわけなんですが、マスターナンバー33の人の人生って、ソウルナンバー6のテーマを克服したら、出現してくるもんなんじゃないかって。
二段階になっていて、自分の歳が33歳以前にソウルナンバー6のテーマが終われば、マスターナンバー33の扉が33歳に開かれていく。
いま、どっちの人生を歩んでいるのかによって内容は変わってくるように感じました。
マスターナンバー33が内包するソウルナンバー6の人生って?

ソウルナンバー6の人生って『家族』とか『家庭』、『家系』といった複数系の近しい人達についてがテーマが第一にあります。
タロットカードの6番目では恋人、LOVERSです。恋人のカードにはアダムとイブが描かれている。また、15という数字も6に繋がり、15番目の悪魔のカードは恋人たちが悪魔に囚われている姿が描かれていますね。
どちらも『心』に通ずる意味合いが強く、恋愛に携わることが多いカードだと思うんです。
ここから因縁や良縁なども6の数字があらわしているということがわかりますね。
ソウルナンバー6はこういったところから、『近しい人間関係』がテーマになるんです。
それは第一に家族です。
この家族との縁がソウルナンバー6にとって重要になってくるのですが、特にマスターナンバー33の人たちにとって重要なんです。
ソウルナンバー6の人たちにとって必ずしも因縁を持つのが家族とは限らないわけですが、マスターナンバー33にとっては『家族』が因縁の対象になりやすいんです。
因縁をなんとか自分のなかで処理していくことがマスターナンバー33を持つソウルナンバー6のテーマです。
これ、家族を変えるために努力をすることではなく、自分のなかでこんがらがってしまっている思いを解消していく。
その解消が終われば、マスターナンバー33の人生に切り替わっていくと思うのですが、ソウルナンバー6としてのテーマも他のソウルナンバーの方々よりも重い形になっている状態じゃないかと思うんです。
なぜならば、マスターナンバー33のテーマに突入するには、普通のソウルナンバーを克服したとしてもマスターナンバー33の人生に切り替わり、テーマを克服していけるとは限らないからです。
マスターナンバー33のテーマとは?

ソウルナンバー6のテーマ『家族』に関することを自己消化しおわると、直感があるマスターナンバー33は人生が切り替わるような感覚が得られると思います。
さて、マスターナンバー33のテーマは一言にすれば『愛』です。また、『創造』などもありますが、基本的には愛だと思います。
ソウルナンバー6のテーマで『家族』についてとことん学び尽くすことになる内容は『愛情』についてです。
それは親子間の愛から、夫婦間、希薄な関係でもある友人関係にいたるまでの縁に対しての愛情を学び、理解していきます。
反面、愛の裏側にある嫉妬なども学習していくわけですが、マスターナンバー33のテーマに突入していく段階には『妬み』『嫉み』『やっかみ』などなどの心の持つねじ曲がった心を持ち込むことができません。
ソウルナンバー6の段階で、不要な『愛の形』も理解し、切り捨てていくことになります。
この状態がマスターナンバー33の基盤、最低限の精神性です。
マスターナンバー33と神性

さて、大きなテーマについて書かせていただいたところで、記事の冒頭で触れさせてもらったマスターナンバー33は『神さん』の数字だということについて触れていこうと思います。
ソウルナンバーが『人道』ならば、マスターナンバーは『神道』だと思うのです。
人道とは人へとなる道であり、神道とは神へとなる道。
どちらも人は人でも、人になっていく人と、人から神になっていく道は違うものです。
マスターナンバー33は『神さん』だと書きましましたが、ここは地球で人間界ですから、そのように適応させていくと、神さんへなっていこうとする人たちの人生となるわけです。
マスターナンバー33の人たちはソウルナンバー6によって『人の持つ愛情』について学んでいきます。
それは時に支配や依存などを含めて、愛情と学んでいるケースもあり、ありのままの相手を尊重し大事にしていく共存の形を持った真なる愛情とは少なからず言えません。
この段階で愛とはなにかといった自問自答を放棄したり、現状に甘えて誰かのせいといった考え方に囚われていくことによって、マスターナンバー33としての覚醒が遅れていきます。
自分のどこが問題なのかを他人を通じて学んでいくことが自分の人生を楽にしていく方法です。これはマスターナンバー33に限らずではありますが。
こうした愛情の学びのターンを過ぎていくと、自ずと『愛』とは形がないものであり、条件がなくとも愛は存在するのだと学習することになります。
この学びが私は33歳で行われたらしく、ものすごーく大変な一年間ではありました。
『無条件の愛』の体現がマスターナンバー33のテーマとなっています。ソウルナンバー6のテーマを克服した時点で、マスターナンバーへの道が始まります。
無条件の愛を実行していくことが、マスターナンバー33としての覚醒です。
マスターナンバー33と霊感

マスターナンバー33の人たちは『創造性』といった才能を持っています。
これはなにか新しい世界観を生み出していくことでもあるとは思いますが、同時に霊感も関わってくると思うのです。
マスターナンバー11は巫女さんだと前述していますが、マスターナンバー11の方々は『視える』といった視覚的な霊感を持っている方々が多い。
彼らのマスターナンバー11への覚醒は、自身の持つ霊感を使ってこの世に貢献していくという形で体現されていくんです。
しかし、マスターナンバー33の人達は、わかりやすい霊感といったものを持っていない。なんなら零感とすら思っている気がします。
しかし、マスターナンバー33も覚醒後にはマスターナンバー11とは違った形で霊感を発揮していくことになります。
マスターナンバー33の持つ霊感とは創造性に繋がっている形もありますし、言霊を扱うことやその場の空気を扱うことなどにも長けていきます。
マスターナンバー33の霊感の覚醒は神さんと通じることですから、ある意味、直感に優れ、本質を見抜いていくことが素早く行われるようになっていきます。
霊感と言うには正直、難しいですが、霊性としては高くなりやすく、この世で生きていくにはグンとラクになる人生へと切り替わっていきます。
なぜならば、マスターナンバー33の持つエネルギーの純度があがり、引き寄せられる人たちの質が変わってきます。
真の愛の体現により、マスターナンバー33がなにかことを起こさずとも周囲の人々が幸せになっていく状態になっていきます。
マスターナンバー33の人たちが神だというわけではなく、そうした役割を担ってうまれているが為に出来ることです。
しかし、多くのマスターナンバー33の人々がソウルナンバー6として生きているのが現状であり、マスターナンバー33へと覚醒していく人達は極わずかだと思います。
比較的、マスターナンバー11のほうが覚醒率が高いように感じられるのは、そもそもマスターナンバー11は『マスターナンバーとして覚醒したまま生まれている』ケースが多いからだと思います。
しかし、マスターナンバー33はマスターナンバーとして覚醒してから生まれることはないように感じられます。
覚醒して生まれてくる方々ならばマスターナンバー33ではなく、ソウルナンバー30を選んで産まれてくると思うからです。
マスターナンバー33は『覚醒するための人生の可能性』を秘めている方々が生まれてきているんですね。
しかし、ソウルナンバー6として足踏みしていることも自分自身が決めた人生なのかもしれません。
マスターナンバー11はこの世で活躍していくために霊感を持って生まれてきますが、マスターナンバー33はこの世で人に『心』を取り戻させるために生まれてきました。
ソウルナンバー6の人生とはマスターナンバー33にとっての『心』を取り戻す経緯のひとつなのでしょうね。
マスターナンバー33と殉難

キリストさんは33だと言いました。
巫女さんのような、霊能者たちはマスターナンバー11となりますし、ブッダさんもマスターナンバー11だと思うのです。
しかし、キリストさんはマスターナンバー33です。
これはどういう違いがあるのかを説明しようと思います。
題名に書かれたように『殉難』が違うんです。
あまり耳にすることがない言葉だと思いますから、ネット辞書をひかせてもらいますね。
個人を超えたことのために命を落とすこと。
上記は殉難についての簡素な説明です。
「殉教」は、「殉難」より意味が狭く、自分の信仰する宗教のために命を落とすこと。迫害されたときに信仰を貫いて死を選んだり、身を賭(と)して宗教を広めようとして死に至ったりする場合にいう。
キリストさんはユダヤ教でしたが、ユダヤ教の人たちから反感を買ってしまって十字架に貼り付けられました。
このとき彼は自分を曲げることがなく、自分の思う信仰に命を捧げたわけですね。
彼は殉教者という立場になります。
さて、マスターナンバー11の巫女さんタイプの方々は、自分の信念の為に命を落とすことがあるでしょうか?
否、それは彼らのテーマではありませんからそういった事態に陥ることがありません。
しかし、マスターナンバー33の方々は『誰かの為に死ぬ』といったことが出来る人達へと変わっていきます。
これは『誰かのために死ぬ』ことが正解というわけではありません。しかし、そういった境地の心に至ることがあります。
例えば、痛い目にあったとしてもそれが自分で他の誰かではなくてよかったと、命を差しださずとも犠牲になることを厭わないという状態です。
そうした姿勢にならざるを得ない状況に陥っているとき、自分のなかにある頑固さが影響していますから、注意が必要な状況ではあります。
が、そうした自分の立場が危うくとも、人のことを思う心を持つことが出来る。
これがマスターナンバー33の殉難です。
殉難的な愛情を持つ心とは、神の心に近いのだと教えていただいたことがある。
ときにソウルナンバー6としての人生を生きているマスターナンバー33は『頑固』になりやすく、『固執』をしやすい気質があります。
その気質は、才能を活かすためにも一役かっていますが、自分の首をしめることにもなる。
それはマスターナンバー33のテーマに切り替わっても変わらないといったことですね。
殉難となれる精神領域へ足を踏み入れる覚悟がある方はマスターナンバー33へと進むと思いますが、誰かの犠牲になるなんてまっぴら御免。そう思う方々はソウルナンバー6としての人生を歩んでいくのです。
マスターナンバー33の愛の体現

マスターナンバー33は深い愛情を体現していきます。
ときにソウルナンバーからすれば、よくわからないスケールの大きさの愛情ですから、勘違いされてしまうこともあります。
マスターナンバー33として覚醒していくことにより、愛情を勘違いされてしまうことも無くなっていきます。
マスターナンバー33は自分よりも相手を大切に思う、大事にするといったエゴイズムの不介入な愛情を持つようになります。
これはソウルナンバー6のときに体験した家族間の依存や支配のなかで生きていたときもマスターナンバー33の人たちは相手を重要視していたと思います。
しかし、ソウルナンバー6のときは息苦しさや悲しみが混じったような痛みを伴う我慢と共に生まれた尊重でした。
マスターナンバー33も同じように相手を尊重する形に着地しているわけですが、息苦しい状態にはなりません。
相手も自分も愛している状態を維持することが出来ているからです。
マスターナンバー33の人たちは、他者を大事にする『依存関係』がソウルナンバー6のテーマとして与えられているのですが、他者を大事にすれば自分が害される状態に陥ってしまうんです。
しかし、マスターナンバー33は『共存関係』のなかで相手を大事にすることができるようになります。
相手を愛することで自分を愛さない人生はもうおしまい。
自分を大切に。そう言われることがマスターナンバー33の人達は多いと思うのです。
しかし、自分を愛するって意味がまったくわからない。自分を大切にすれば誰かを大切にできない状況に陥ってしまうことがマスターナンバー33の人達はソウルナンバー6のテーマでよく理解している。
だけど、相手に差し出している愛情を自分自身にも与えていいんですよね。
この気づきを得て、他人にも自分にも平等に自分が愛情を与えることができるようになっていきます。
マスターナンバー33の『3』は第三者の自分

ゾロ目になっている『3』という数字、この数字がなにを指しているのかについてもマスターナンバー33のヒントが隠されていると思います。
キリスト教では『三位一体』といった言葉がありますし、この三位一体もマスターナンバー33の意味に根深く感じられるのですが、私の言語能力で三位一体を噛み砕き、説明する語彙が足りなさすぎるゆえ省きますが、ご興味を抱くことがあるならば、説明してくださっているサイトがありましたので貼っておきますね。
三位一体の意味とは?わかりやすく説明していきます! | More Than Ever
題名の通り、マスターナンバー33の3は、第三者としての自分でがないかと思うのです。
相手と自分がいる、そして客観的な自分が存在している状態がマスターナンバー33の持つ愛の体現を行うことができます。
マスターナンバー33を含めて、マスターナンバーは必ず自分のなかに『もうひとりの自分』がいる。
この自分は天使と悪魔として表現されることもありますが、それは未熟なソウルナンバーを生きるマスターナンバーの状態を指しています。
本来の成熟したマスターナンバーならば『自己』と『客観的な存在』として機能するのです。
この客観的な存在が『第三者』というわけです。
この第三者がマスターナンバー特有の基質だと思うのですが、マスターナンバー33にとっては重要な役割を持っています。
マスターナンバー33と殉難という項目で、マスターナンバー33は殉難者になり得て、個人から離れたテーマで問題を背負うことがあると説明しました。
この個人から離れたテーマ、ときには社会ですが、キリストさんにとっては宗教でした。
『何かのために』といった気持ちを自分のことよりも大きく抱くためには、第三者的な自分の存在が必要なのです。
他人よりも自分の利益を追求していくことが人の性。しかし、人は必ず欲を持っている状態が正常です。
それは悪いことではありませんが、『他人よりも』といった考え、もとい欲求は人を大切にすることは難しい。少なからず共存から離れてしまいます。
そこで生まれてくるのが、マスターナンバー33の『もうひとりの自分』です。
このもうひとりの自分をどのように形成するのかはそれぞれのマスターナンバーによって違うのですが、マスターナンバー33は自分よりも他人を優先し、人をたいせつにするといった形に形成させていこうとしていきます。
つまり、ふたつの関係性にもうひとりの自分と離れた存在が関わってきます。
その自分と離れた存在は、自分を大事にすることよりも他人を大事にすることを率先的にしていきますから『殉難』といった形に着地することがあります。
犠牲をも厭わないということですね。
自分と離れた存在が『独立』している状態でもありますから、その存在は他人に与えている愛情を自分にも与えていくことが可能になっていきます。
しかし、この独立がうまくできていない状態ですと、自分に愛情を与えることができない仕組みです。
この独立した存在が『3人目』ということで、これをどう言葉にしたらいいのか難しいのですが『霊性』というのかもしれませんね。
マスターナンバー33は、3という数字の因縁から他のマスターナンバーよりも強く自己のなかにもうひとりを独立させ『無条件の愛』を体現するために、第三者を生み出す必要があるんです。
また、その歩みがマスターナンバー33のテーマを加速させていきます。
マスターナンバー33が覚醒すると。

最終的にマスターナンバー33のテーマはどういった形に着地していくのか。
マスターナンバー33の克服していかなければならないテーマは、
- ソウルナンバー6の親しい人の因縁
- 愛の理解
- 自己のなかに第三者を独立
といったような形が大雑把なメニューだと思います。
覚醒していくには最低限、リストにあがっている内容が克服し、体現出来なければならないわけです。
そして、何を持って『覚醒』とするのかは、定義があいまいだなとは思っています。w
けっきょく、キリストさんを例にすると死後、キリストさんが神さんになっていったように、マスターナンバー33も死後に神になれるだけの成長が見込めたかどうか――ですからね。
その状態に至ることができたならば、必ず神さんの方からサインがくると思うのです。
マスターナンバー33はマスターナンバー11のように知識や技術といった霊感を使って働くことが命ではありませんから、霊感らしい霊感も身につくことはないでしょう(:3_ヽ)_
が、多くの霊能者や宗教家たちが夢を使って、神やあの世についての情報や理を遺したようにマスターナンバー33の方々は活躍することも可能かとは思います。
最終的に、ふと思ったのはマスターナンバー11は女教皇であり、マスターナンバー33はアダムとイヴなのだなァということでした。
長くなってしまいましたが、マスターナンバー33の解説についてはこれにて終いとさせていただきます。
この記事が誰かの役に立つことがあればいいなと思います。