SNS断ちをして2年目に突入したのでレポートを書く


コラムかエッセイ 健康

SNS断ちという言葉がよく耳にされるようになった気がします。

同時に、スマホ依存症という言葉も定着し始めてきました。

スマホ依存症のひとつに、SNS依存というものがあります。このSNS依存とは、フェイスブックやツイッターのタイムラインを暇さえあれば覗いてしまう――という、なんとも怖い依存症です。

この記録は、私が2年前に決行したSNS断ちのことを記したものです。
今、2年の月日が経ち、SNS断ちは続いています。これからも続けていく予定です。また、SNSを始めることはないかなあ? と思います。

SNS断ちをどうやって決行したのか?

SNS断ちは、そもそもサクッとスマホからSNS関係をこぞって削除することから始まります。

手始めにまず、フェイスブックを消しました。まだ、この時点でツイッターはまだ始めておりませんでした。
2018年1月 フェイスブック絶ち
2018年8月 ツイッター絶ち

こんな順序でした。

私がフェイスブック絶つきっかけですが、私自身がフェイスブックで浮いていたからというのがありました。

長らく使っていたフェイスブック。私は、文章がないので文章投下がすごく多かったです。反面、写真が少ないです。

私のフェイスブックはマイペースに日々の思考の模索を投じていました。

写真といえば、借りてきた図書館の本や占いについて調べた結果の図解説明やら。

一応、ファンはいたみたいで、定期的に皆さん読んでくれていたようですが、イイネ!とかコメントとかもありませんでした。しかし、コラムを人が読んでくれているだろう予測、そんな状況で私はフェイスブックを堪能していました。

正直、誰も反応はありませんでしたが私自身は楽しんでいました。(一人遊び状態ですね!)

しかし、ふと、気づいてしまいました。

あれ、ここ、私の市場じゃなくね・・・・・・?

周囲の人たちが幸せな出来事をアップしていったり、オサレなランチをあげているなか、私は古びた本を賛美していました。(1950年代らへんの本とか好きですね。)

なんていうことだろうか! 気づくのがちょっと遅かったです。

よって、SNS断ちもとい、フェイスブックをやめる決意がついたのは、自分自身がフェイスブックで浮いているせいでした。

フェイスブック断ち! すぐに肩の荷が下りた気分だった。

フェイスブック断ちをした結果、すっきりした気分になった。

フェイスブック絶ってすぐに、ちょっとすっきりした気分になっていました。

SNS断ちって素晴らしい。

そんな気分にさえなっていたように思います。すっきりしていたので、気楽な気分になれたのです。

フェイスブックのアプリを開き、そこでにらめっこをしながら、自身の思考を巡らせて、どう思うのか何を考えているのかを文章化させていく作業は、私の文章力や思考力を随分とあげてくれました。そういう意味でフェイスブックには大きな感謝があります。

それがいつしかどっかで負担のひとつと感じていたのかもしれません。

私の書き込みをフォローしてくれている人たちは読んでくれていました。しかし、イイネもコメントもなにもありませんでした。

私の文章に対してコメントを付けられる人のほうが少ないでしょうし(けっこう?専門的だったりします)、イイネをつけていいのかどうかも困るような内容も多かったと思います。

ですから、人の反応がほぼない中、自分の欲求がどこかで不満として培われていたのかもしれません。

だから、肩の荷が下りたように、なんだかほっとしたんです。

そう、SNS断ちは成功したように感じられました――。

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フェイスブック断ち後、しばらくするとウズウズしてきた。

フェイスブック断ちをした後、肩が楽になってきた~っていうことが三日ほど続きましたが、その後、ウズウズしていました。

フェイスブックを読みたい! とか、タイムラインが懐かしい!とかいうことではありません。

書きたいのに書く場所がない!!!

という書きまくる特性(専門用語でハイパーグラフィアと言います)の私の発散場所がなくなってしまったのです。

これは困りました。本当に困りました。

SNS断ちの影響の余波がこんなところにくるとは全く思いませんでした・・・・・・。わたし、こんなに書きたい人だったんだ・・・・・・。汗

よって、ツイッターを開設したのです。

これまたSNSかいっ! っていうツッコミがありそうですが、『書きたくてたまらない衝動』のほうが勝りました。

ここでフェイスブックに戻るという判断はありませんでした。

SNS断ちをせっかくしたのだから、フェイスブックには戻るまいと思っていました。

私の場合『書くことへの依存』が強いことが今回判明しました。これは『コミュニケーションを渇望している』といってもいいですね。

さて、そんなこんなでツイッターを開設しました。

ツイッターをはじめたが、やはり断つことになった。

フェイスブック断ちをしたが、あえなくツイッターを始めた。

その後、ツイッターで数か月間の在中をさせてもらいました。

そのなかでツイッター経由で友人もできました。しかし、ひとつ問題がありました。

私の文章長すぎてつぶやきじゃ満足できない!!

っていうことでした。

もはや、ツイッターの価値をすべて崩壊させてしまうような問題でした。ツイッターはつぶやくことがメインですから・・・・・・・。

それから、ツイッターでまわってくるいろいろな情報たちがしんどい内容が多かったというのも確かでした。

ツイッターはタイムラインでフォロワーさんがRTなどをしている場合、私のタイムラインにもまわってきます。

その内容に対して、私はいろいろ思います。
いや、これって間違えている情報だよね?
これって情報のでどころどこよ、おかしい内容じゃん。
そもそも論理性なくね?

もちろん、その相手は知り合いでもありませんし、グッとこらえて何もいわないでいました。いわば、スルーです。

もし、私自身が『他人のすることなすことにとやかく文句をいわずにスルー出来る人』という評価を誰かがしてくれたならば、それはツイッターで培ったといってもいいでしょうね。

自身の文章がだらだらと書き込めないし、他人の情報が目に入って嫌! と思い、ツイッター断ちの決意が固まりました。

ツイッター断ちのあと、スッキリ。

フェイスブック断ち同様に、やはりツイッター絶ちの後、スッキリしました。

やはり、肩の荷が下りたような気分になり、気にかけなくてはならないことが減り、もっと他のことに目を向ける時間が増えました

たとえば、本を読む時間がツイッターに遮られていたのも事実でした。人からくるメッセージがピコピコとなって、返事をするとき、ぱたりと本を閉じるのです。

これではやはり集中は途切れてしまいます。

そうしたことがなくなり、図書館に通う頻度もあがった気がします。

SNS断ち後、集中力があがりましたし、また、なんとなく視野が明るくなった気がしました。

これはSNS断ちをやったことがある人しかわからないんじゃないかな? と思います。

視野が広がり、なんだかパアーっとした気分になるんです。

どれだけの時間、あの小さな画面とにらめっこしていたんだろうっていうことですね・・・・・・。

SNSをやっていると勝手に感じている精神の負担があるんじゃないか?

SNSをやっていると勝手に精神的負担を抱えているんじゃないか?という仮説

ひとつの仮説を立てさせていただきました。

SNSをやっていると人は勝手に精神的な負担をかかえているんじゃないかということです。

どんな精神的な負担かを一覧にだしてみましょうか。

  • 他人からの目が気になってたまらない
  • 他人が何をしているのかが気になる
  • 他人が幸せそうだと自分は・・・・・・となんだか落ち込む
  • 他人の行動に自分が振り回されてしまっている

目の前にいない他人に振り回されている現状』です。最悪、見知らぬ人でもありますね。

他人の目が気になってたまらないというのを私は感じていましたが、無視していました。

ましてや自分の意見を私は述べていました。他人はそれを読んで私をどう思うのか? それを思うとしんどいものがありました。しかし、それを意識的に無視していたところがあります。
私は私、他人は他人。他人にとやかく思われても私には関係ない!

至極まっとうな意見のように見えますが、これこそがストレスの原因になっていて、肩の荷が下りた感じがした感覚のひとつの要因だと感じました。

私は、人の目をよく気にする気質なのです。

知り合いは特に気になりますし、ときおりkindle本を発行していますが、まったく評価をみることができません。

とても怖いです。一度見て後悔をしました。

そもそもそうした気質があって、前向きに考え直すことができても、そのあいだ、頭の隅っこでどこかで『他人は私をどう思っているんだろう?』と思っていたんだと思います。

それが負担になってきていたんですね。

SNS断ちによって、自分のメンタルの弱さを感じた気がしました。断ってみないとわからなかったかもしれません。

先日、KARAの元メンバーのク・ハラさんが自殺で亡くなりました。インターネットの書き込みの炎上に精神的に追いつめられてしまったようです。

形は違いますが、彼女もとても気にするタイプだったのだと思います。

やはり、人の目線を気にしやすいタイプはSNSをするべきではないのかもしれない? と感じました。

彼女もネットやSNS断ちをしたほうがよかったかもしれませんね。

今後、こういった問題が日本でも増えそうでちょっと怖いです。

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情報過多も精神的にしんどい気がする。

SNSから勝手に目に入る情報に疲弊してしまう。

情報過多が騒がれる中、新聞のページ数はガンガン減っています。全盛期は50ページほどあったと思いますが、いまや半分ほどです。40ページがおがめれば、『おお!!』と思います。
人は何を食べるかは選別するのに、どんな情報を入れるかについては無頓着だ。と『ユダヤ人の大富豪の教え』に書かれています。

私たちは『知らなくていい情報』と『知ったほうがいい情報』の選別はしっかりしているのでしょうか?

現代、情報過多により、自分で情報を選択する時代がやってきたと言われていますが、そもそも情報を選択する以前にSNSのタイムラインにはいらない情報がたくさんあって、それを受け入れるたびに私はしんどかったです。

SNS断ちをしなくても、これは感じていました。特にツイッターでは気になりました。(フェイスブック断ち後だったからでしょうか?)

例えば、虐待のお話。正直、あんまり得意ではありません。テレビなどでも虐待に関する『映像』が流れると嫌な気分になるのでチャンネルを変えてしまいます。

しかし、タイムラインは友人たちがRTしたり、イイネしたりと反応すればするほど、回ってきます。

それがどんなにねじ曲がっている話であろうと、見たくなくてもやってきます。

私は知りたくないことがたくさんあったように思いました。感じなくていいことや普段ならば、考えなくていいことも考えたように思います。それはネガティブな意味で考えたくありませんでした。

情報過多とはこのようなことを言うのだと思います。知らなくてもいいことと知っておいたほうがいいことと、区別されていない世界がSNSの社会なのかなあと感じます。

また、自分以外の誰かがフェイスブックで投下している内容にたいしても、実は『知らなくてもいい内容』なのかもしれないって思い始めてきました。

SNS断ちは、さみしがりやにはむずかしい?

SNSの本分は『人とつながる』ことなのだと思います。

そもそも私は人と繋がるためにツイッターやフェイスブックをしていたわけではありませんでした。

しかし、自身の肩に人の目というものがのっかっていたように思います。

ですから、SNSをどのような目的で使っているにしろ、依存のとっかかりを引いてしまう可能性があるのだと思います。

さみしがり屋さんは、特に依存的なものに目がありません。

SNSを見ていると、人がいる――っていうことにどっかで安心感を覚えるものです。

しかし、SNS断ちをしてしまうと、人とのつながりが切れてしまいます。

私自身は、特になにかを感じることはありませんでした。もともと、孤独を愛しているところもあるので、そうしたことに無頓着なのかもしれません?

さみしがり屋さんの人は、SNS断ちをすることにより、もしかしたら、さみしさが増してしまうかもしれない気がしたのもひとつありました。

SNS断ち後、さみしさが募ってしまう場合、どうしたらいいんだろう・・・・・・?

また、そういう人がSNS断ちを完結することができないのではないかなあと思いました。

SNS断ちをしてみて、改めて感想を。

SNS断ちをしてみて私はよかったと思っています。

二年目が立った今、SNS断ちをしてみてよかったと感じています。

SNS断ちをしてみると、世界が変わります。

この5インチの檻のなかに私たちは閉じ込められて、さも、SNSだけが自分の世界のようにすら感じている気がしました。

それに気づけたのは、SNS断ちの結果でした。

SNSはもちろん、友人たちと繋がれる面白いシステムです。

しかし、SNS断ちしてみると、自分がどれだけ閉鎖された空間を意識していて、辟易していたのかがわかると思います。

大事なことは案外目の前にあるのに、どうしてか、私たちは今、スマホのなかにあると感じているのかもしれません。

それはひとつのイイネかもしれませんし、たくさんの人たちのRTかもしれません。

しかし、一番大事にしなくてはいけないのは、一緒に暮らしていて、同じご飯を食べている目の前の相手であって、自分のエゴや不安などではないはずです。

もし、この記事を読んでみて、やってみようかな・・・・・・SNS断ちを。と思う方がいらっしゃったら、ぜひチャレンジしてみてほしいです。

5インチの檻から抜け出せたとき、きっとあなたの視野が変わっていきますから。

また、スマホ依存とSNS依存は強いつながりがあります。スマホ依存症に興味がある人は、スマホ依存症かも?と感じたらチェックしたい6つの行動を読んでみるといいかもしれません。

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Posted by sanro